ピア☆放課後がお届けする対話、第二回目は「現代美術ヤミ市」と「グッズ1」です。2018年12月の会話が、長いこと手付かずのままでした。記録を残すという意味も込めて、グッドタイミングか分かりませんが、こちらにアップいたします。

2018年の夏、紺野優希から「東京で「グッズ」みたいなのが開催されるらしい」という情報が舞い込み、イ・スギョン、カン・ジョンソク、紺野優希、キム・ジョンテは東京の京浜島にあるアートファクトリー、BUCKLE KÔBÔで二日間開催された「現代美術ヤミ市」を訪れました。

イベント「現代美術ヤミ市」が開催された2018年7月21~22日、その日は東アジアで前代未聞の🔥猛暑🔥を記録した日でした。7月21日の一日だけで、東京都消防庁は3,125回にも渡って救急出動しました。そんな中でも、冷房機器もない会場には相当な数の観客が集い、活気に満ちたイベントとなりました。約20チーム・名が参加したこのイベントは、様々なアイデアが自由に展開され、ブースの形や作品、本、グッズなどの販売が行われました。売り方がそれぞれ違ったため、観客と制作者の活発な会話は、途切れることがありませんでした。シンプルに作品と図録を売ったり、ゲームとそのOST(ゲーム「摩尼遊戯TOKOYO」)、コレクターが発表した本もあったり(飯嶋モトハル)、批評同人誌を売ってたり(アーギュメンツ)、千本くじでドローイングやオブジェをひかせ、メガホンを装着したミニバンを会場の周りで走らせながら、作品の取引が行われました(中央本線画廊)。

イベント「グッズ」を経験した私たちにとって、その風景は見慣れながらもどこか違っていて、新鮮な経験となりました。イベントのつくり方と雰囲気、会場でやりとりされる作品の値段は「グッズ」と近いものもありましたが、ソウルのアートシーンではないこともあり、あれこれと想像が浮かび上がりました。二日とも、大勢の人とエネルギーが集まっては散らばり、その後どのような動きに結びつくのか、漠然とした関心をもつようになりました。企画者、黒瀬陽平さんとの対話は、その動きの内の一つと言えます。 続く内容は、2018年12月12日、イベントの企画者である黒瀬陽平さんとピア★放課後の運営者が交わした対話です。対話は非公開で行われ、編集を経ております。

 

日時:2018年12月12日 午後8時
場所:映像通話
編集:イ・スギョン、カン・ジョンソク
通訳翻訳、部分編集・監修:紺野優希

カン・ジョンソクイ・スギョン

ピア☆放課後の共同運営者。ソウルを拠点に二人とも美術家として活動中。2019年からソンサン洞で共同アトリエを運営中。2015年に行われた「グッズ」の共同企画チームの一員として活動していた。

 

黒瀬陽平|くろせ ようへい

1983年生まれ。美術家、美術批評家。ゲンロン カオス*ラウンジ新芸術校主任講師。2010年から梅沢和木、藤城嘘らとともにアーティストグループ「カオス*ラウンジ」を結成し、展覧会やイベントなどをキュレーションしている。主なキュレーション作品に『破滅*ラウンジ』(2010年)、『カオス*イグザイル』(F/T11主催作品、2011年)、『キャラクラッシュ!』(2014年)、『カオス*ラウンジ新芸術祭2017「市街劇 百五〇年の孤独」』(2017年)など。著書に『情報社会の情念』(NHK出版、2013年)。

 黒瀬陽平さん
ビデオチャットでのインタビュー. 黒瀬陽平さん

「現代美術ヤミ市」(2018〜)のことを韓国で紹介したくて、またソウルで以前開催された「グッズ」(2015)と比較しながら対話できると面白いのではと思っていました。イベントを立ち上げたきっかけや、参加した人たちがこのイベントについてどう感じたのか・・・そんな話ができればと思います。まず、イベントを作ったきっかけはなんですか?

黒瀬:まずは・・・そうですね、日本に現代美術のマーケットがない現状について、カオス*ラウンジなりに批判的実践をしよう思い「現代美術ヤミ市」を構想しました。日本に現代美術のマーケットがないのは、単純に、それを一から作ってみた経験が無いからでは、と思っています。

アートフェアやギャラリーがないというわけではなく、マーケットが機能していないということでしょうか?作ってみたことがないというのは、どういう意味でしょうか?

黒瀬:このことについて最も先駆的だったのが村上隆でした。東京ビッグサイトでも開催された彼のフェス(「ゲイサイ」)は、日本の若手アーティストをピックアップする現代美術のマーケットを作るための試みでした。ですが、根本的には西洋のマーケットと同じ仕組みを「輸入」しただけではないのか、という感覚が我々にはありました。西洋のマーケットの方式を重要視し、日本に「輸入」することと、新しいマーケットを「作る」ことは違うのではないか。ぼくは「輸入」ではなく、自分たちで「作る」ことを念頭に置きました。同時に、ぼくは以前から、美術教育について興味がありました。その点から言うと、日本のアートマーケットの関係者は、美術の教育に失敗している・・・

マーケットの関係者とは、アートディーラーやギャラリストのことですか?

黒瀬:ギャラリストもそうですが、美大の教授、講師も含まれます。マーケットを作るためには、スペースに買い手とディーラーがいるという事実に限らず、「日本で現代美術を買うとは、一体どんなことなのか」について考える必要があると思います。一般的なアートフェアに行くと、この作品になぜこれほどの価値があるのか誰も教えてくれず、教育とマーケットを分けて考えています。だから、私たちが日本で現代美術マーケットを作ろうという試みは、広く捉えると教育に関わる問題なのです。制作側、そして買い手がどのように作品を販売して流通させるのか、その教育といえます。価値が限りなくゼロに近い作品があり、売り手と買い手がその価値を一緒にどう生み出せるか、そのような教育的な目標を設定したかったのです。

同感です。「現代美術ヤミ市」が開催されたアート・ファクトリーBUCKLE KÔBÔの位置は東京の京浜島ですよね。京浜島は、埋立地に作られた人口の島で、小さい製造業の工場の密集地帯と聞きました。会場の場所をそこに決めたバックグラウンドが気になります。BUCKLE KÔBÔも鉄工所を改造したスペースということもあり、面白かったです。

黒瀬:会場はいくつか考えましたが、やはり都心では難しく、可能な条件でスペースを探そうと決めていました。今活動しているストリート・アーティストにSIDECOREというコレクティブがあります。彼らがBUCKLE KÔBÔの運営に関わっていて、そのスペースで開催すればどうかと思い、話しに行きました。会ってみると、SIDECOREも私たちと同じ問題を考えていて、そのスペースで開催することになりました。

イベントの紹介文で「ゴミ」という表現が印象的でした。たとえば、「こんなゴミがなんで芸術なのか」「ゴミで金儲けする詐欺」、「まず、限りなくゴミに近いマテリアルがある。現代美術はそこからはじまる。」という文章ですね。以前にもお話ししたようにソウルでもインターネットヤミ市の形としてイベントが行われました。しかしそれとは別に、「現代美術ヤミ市」とゴミという表現から、「グッズ」(2015)というイベントが思い浮かびました。そのイベントが生まれた背景のひとつに、活動している同時代のアーティストたちが展示後に作品を捨てていると耳にして、はじまりました。売れないことが決まっていて(=マーケットが機能していない)、加えて家賃が高いせいで作品の保管が難しく、捨ててしまうという状況もあります。パフォーマンスやビデオというメディウムはもっと難しいですし。何年か前に知人のひとり(彫刻家)に、アトリエがどこかと聞いたらスターバックスという答えが返ってきて驚いたこともあります。ゴミという表現は複合的な意味を秘めていて、私たちの活動していたソウルという地域のリアリティから言わせると、燃えるゴミ、あるいは不燃ゴミ、またはリサイクルとして作品を自嘲的に捉えることのように感じられます。「グッズ」に参加したキム・キョンギュxキム・ヒョンジュというアーティストのチームは、埃を綿飴みたいに作って、販売していました。

黒瀬:カオス*ラウンジのアーティストの多くが、一見ゴミに見えるような作品を作っています。カオス*ラウンジのアーティストはもともと美大出身が少なく、サブカルに近い領域で活動していました。なので、高級な材料より安価なマテリアル、例えばキャンバスより紙や段ボールのようなものを使ったり、データを用いたりして、制作を行ってきました。広告を切りとったり、(スピーディーに)サブカルチャーに反応するように素材を使っていたこともあります。私は批評家として、アーティストが安価な素材を扱っているのを見ながら、ゴミが作品に変わる瞬間を目撃してきましたし、その結果として芸術とは一体なんなのか、といった質問に向き合うほかありませんでした。

美大と外野の違いがマテリアルに反映されるのですね。韓国とは似ていても違っています。私たちがイベントの紹介文で特に共感が持てたのは「国際展もあるし、アートフェアもある、最新のトレンドもほとんど時差なく紹介されるようになってきた。しかし、かつてゴミかもしれなかったそれらが、まさに現代美術に変わったその瞬間に、私たちはまだ立ち会っていない。」という箇所です。「グッズ」は、現代美術といえばすごいもののようで、でも実は売れないこともあって、同人活動となんら違いがないように思えた瞬間によって開催されたイベントです。同人活動になってしまったら、同人フェスの形を逆手にとって、作り手と買い手、そして観客がダイレクトに関わる時間を作れると考えました。「グッズ」という名前には、そのような状況が反映されています。つまり、作品ではないグッズ、グッズではない作品の中間地点としての試みです。「現代美術ヤミ市」もまた、ヤミ市でありながらも現代美術であるという点で似たような感じを覚えました。ですが、「グッズ」の企画チームが考えていた問題のスケールは、より大きなものでした。社会・経済全般がこのような状況を助長させたと思うからです。「グッズ」では、外見がみすぼらしい、いわゆるアートフェアとはかけ離れた作品も多く、美大と美大の外、または主流と非主流と分けては考えていません。

黒瀬:現代美術がゴミという視点を持っている人は少なくないと思います。その考え方が少数とは思いません。出展作家もある程度共有しています。ただ、私の見たところ、日本のアーティストは韓国のコンテンポラリーアーティストより社会的な色が滲み出ていない気がします。日本の美術は脱社会的な傾向が強いことも事実です。

ゴミという表現に、日本の美術界と社会的条件から生まれたどんな背景があるのか気になったので、お聞きしました。もちろんカオス*ラウンジやSIDECOREの活動と日本の美術界を比べることもできますが、日本社会の住居問題やさまざまな条件が複合的に合わさり現れた結果ではないかと思えたからです。経済的な成長も難しいですし、そういった状況が、一種の東アジア的な状況ではないかとも思いました。出品作に社会的・政治的な作品があるかどうかという問題とはまた別に、別の都市でも似たようなことがあると今回知れて、とても嬉しいです。

黒瀬:私たちを取り巻く経済的な成長の限界を、そのように感じることには同意です。ですが、絶望に苛まされるより、妥当な人々に美術というものが届いていないだけでは、とも言えます。

イベントに参加したアーティストのラインナップについて触れると、個人で参加したアーティスト、スペース兼美術教育を行っているところ、それとコレクターもいますね。

黒瀬:スペースを提供してくれたキュレーターと一緒に話し合いもしました。ですが、ほとんどは私が運営しているカオス*ラウンジ新芸術校の現役生や卒業生を集めています。私が考える「現代美術ヤミ市」の要旨を理解している人たちが適切だと思い、新芸術校出身のアーティストを集めました。SIDECOREのストリート・アートは、私たちのオタク・サブカルチャー文化をもとにした作品とは別の方法ということもあり、販売と流通が難しいと考える人たちと一緒にラインナップを決めました。知り合いのアーティストにヨーロッパやニューヨークである程度作品も売れて、しっかり活動している方がいます。彼とは哲学や批評の話をよくするのですが、ニューヨークのような場所ではとても忙しく、制作とパーティ、いわば社交場としての活動が多いと聞きました。それを聞いて、私は・・・それは違うんじゃないか、値段からが0が一つ取れても、もっとなにか面白いことや、思想や哲学が残って欲しいと思いましたね。

参加するブースにはどんな指針を与えていましたか?あるブースではアートフェアのブースみたいにセットされたところもありましたし、それとは全然違うスタイルのブースもありました。ガイドラインみたいなものがあったのでは?あるいは、アーティストと打ち合わせをしてブースをどう計画するか決めたのでしょうか?イベント会場の多様さがどう生まれたのか、気になりました。

黒瀬:ガイドラインを渡しましたね。今パソコンで確認しています・・・出品者に伝えた内容としては、アートフェアのように壁を作って展示するのは禁止、と書いてありますね。

それでもやっていた方もいましたよね。

黒瀬:それは、もともとあった壁を利用していたアーティストのみですね。

「グッズ」は一回きりのイベントでした。一種の宣言にも似たものでした。一方で「現代美術ヤミ市」は今後も続けられると聞きました。このモデルで実際に収益を生み出すのが目標でしょうか?

黒瀬:そうです。プロジェクトを続けようと考えています。コミケや同人のマーケットは、それらが単にグッズで安いからではなく、その価値を知っている人がいるがゆえに機能します。私たちが考えるに、現代美術を知っている人が「現代美術ヤミ市」で購入して、それによって価値を明らかにしてくれると思います。

コミケと「現代美術ヤミ市」の観客が重なる点もありそうですね。

黒瀬:私としてもはっきり言えないですね。カオス*ラウンジ以降はそういう方もいるのではと思います。コミケの購入層とオタク・サブカルチャーは性質が重なるところがあります。以前のオタクは現代美術を嫌っていました・・・たとえば村上隆とオタクの集団の反目みたいなこともありました。その反面、ゼロ年代以降はそのような対立も少し消えたと思います。

「グッズ」、「現代美術ヤミ市」、あるいは同人マーケットの楽しさは、作った側と買い手が出会うことからはじまると思います。「グッズ」に参加した作家は、観客に向けて作品のプレゼンを1日に1000回はやったと言えます。なかなか無い、特殊な状況です。観客、またはコレクターとこんなふうに出会う場が多くありません。その状況で企画者の予想通りに進んだことと予想外に進んでよかったこと、ダメだったことに限らず、いろいろな話ができるでしょう。

黒瀬:作品について、ギャラリーやディーラーだけが話しをするのではなく、作家もする前提として考えています。キュレーターは展示の責任を負って、作家は自ら作品のことを話す必要が十分にあると思います。ディーラーやギャラリーに全て任せて、作品がどう消費されるかも知らない作家になることだってあります。なので、アーティストと観客が実際に出会って、これがどんな作品で、作品としてどのように成立するのか話さなくてはいけません。この点は事前に作家にお願いしています。観客と買い手、作家が会話でき、直接出会えるという点ではネガティブなことはありませんでした。ただ、[企画そのものに]否定的な反応も見受けられました。批判的なレビューも見受けられましたが、そのほとんどが「これからどう進展するか予測できない」「似たような作品ばかりだった」というものでした。現代美術のマーケットを作るという視点の批評はほとんど出ていません。

私たちの活動している場所も、マーケットが機能していません。だからこそ機能するイベントを作ろうと考えました。「グッズ」ではうまく成功しましたが、一方では黒瀬さんがおっしゃるような批判も多かったと覚えています。既存のマーケットとギャラリー側の関係者がマーケットを低調にするという反応だったり、韓国のオルタナティブ・スペースの運営者がイベント会場のバイトしているメンバーに陰口を言ったりしていました。韓国の美術をダメにしている、既存のマーケットに上がる値段を濁している、ディーラーなしで販売すると、それまでの職についている人を脅かすことになる、とか。たくさんの観客が現代美術をしっかり理解することは愚か、クォリティの落ちた低レベルの現代美術というジャンルが生まれる、とか、うんざりでした。

黒瀬:似たような批判を受けました。たとえば会田誠さんに参加要請をして、ご本人はオーケーしてくれました。でも所属先のギャラリー側から反対がありました。私の書いたステートメントを読んで怒っているというと耳にしました。そのような場合はどうしようもないですよね。こういった緊張感はある程度ありました。ギャラリーの主張に賛成するのなら、その人はそっちに行きますし。逆に私たちの立場を分かってくれる人はこっち側に来て、顧客になるわけで。自分自身の理念に忠実ならいいと思います。

いわば世代のギャップですかね?

黒瀬:世代のギャップもあるかもしれませんが、マーケットについての考え方、現代美術についての考え方の違いだと思います。考えが異なるのは仕方ないですが、コンセプトの部分の批判に対しては、全力で応答したいと思います。それが批評家としての、ぼくの仕事だと思っています。

以前カオス*ラウンジ 五反田アトリエや別会場で行われた展示を見て、いい意味で驚きました。すでにお話ししましたが、アーティストが安価のマテリアルや壊れやすいマテリアルで作った作品を並べていて・・・ソウルと違いながらも似ていました。ソウルの場合、美大の外や主流を意識している訳ではありません。大卒の人も多いですし。それでも、ある経緯を経て似たようなテイストのものが日本でも生まれ、肯定されているのを目の当たりにしながら、いろいろと考えさせられました。作品のフィニッシュが良くないという単純な批判は、ソウルでも沢山聞きます。しかし、大変とは分かっていますが、自分たちの居場所を見つける方が正しいことだと思います。他の都市でも似たような場面と出会うと、そう感じますね。

黒瀬:「グッズ」という企画と「現代美術ヤミ市」には通じるものがありますね。互いにテストケースみたいになにかを作る、という具合ですかね。西洋から移植されたロジックが適用できない場所で、やるべきことがあります。だから「グッズ」のような試みがあったということを日本の人達にも伝える必要があると思っています。

「グッズ」でも、私たちアーティストの置かれた状況を認め合う瞬間がありましたし、それを乗り越える場でもありました。しかし、より実質的には情報交換をする場でもあって、同僚を増やす場でもありました。芳名帳に名前を残すだけだったり、撮った写真をTwitterによく上げていた人と話してみる、そういった瞬間とか。そういったエネルギーが生まれました。黒瀬さんの表現にもある、ゴミが現代美術に変わる場面を目撃する共犯が現れる瞬間、とでも言えましょうか。

黒瀬: 共犯関係とは、なんといっても互いの関係を深めるものではないかと思います。例えば、一緒に仕事をしたり、別の仕事を一緒にしたり。コミュニティに参加したり、長期的に新芸術校やほかの企画でも、互いにコミュニケーションができればいいですね。

なるほど、新芸術校があるからできる、ということですね。次回について、どう構想を練っていますか? 場所が変わったり、参加メンバーはそのままなのか、変わるのか。

黒瀬:今回は真夏の開催で、とんでもなく暑かったですから、次は涼しい時期にやりたいですね(笑)

あのときの暑さといったら、もう、、

黒瀬:実は、冬にやりたい理由はちゃんとあって、、ウィリアム・ギブスンのSF小説に『冬のマーケット』という短編があって、それがゴミの話なんですよね。捨てられたゴミのなかから、人々の夢を再生するというSF小説で、以前から好きだったのです。ヤミ市のベースのコンセプトに加え、新しいモチーフやテーマを少しづつ見つけていって、拡張していきたいと思っています。

テーマがあるのはいいですね!「現代美術ヤミ市」の展示としての効果と、教育的効果が拡散するよう願っています。作品を販売する状況を演出する作家たちの姿そのものも興味深いですが、現代美術を日本で買うこととは何かという質問があってこそ、そうできるとも言えますね。

黒瀬:それなしには作品の販売は出来ないと考えています。

«現代美術ヤミ市»2回は、«芸術動画ヤミ市-冬マーケット»に名前を変えて2019年12月27日、BUCKLEkôbôで開催した。下記のリンク-> http://chaosxlounge.com/wp/archives/2602

  1. 公式ホームページのイベント記録写真ページ(http://goods2015.com/a-photo.html)